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  つぶや記 86
 イギリス艦来航事件

 広島大学の三宅紹宣教授から幕末長州史にかんする論文数種をいただきました。衝撃を受けたのはその中の『文久元年下関におけるイギリス艦来航事件』です。文久元年(1861)4月、英国軍艦が下関に来航したことは、諸記録でいちおうは承知していたのですが、4月28日から5月20日まで長期にわたり、一帯を震撼させた大事件であったという認識はありませんでした。
 その年2月には対馬でロシア艦ポサドニック号事件が起こりました。これは8月まで居座り農民一人が銃撃されて死ぬなどの事態に、幕府を困惑させているときのイギリス艦下関来航だったのです。そうした当時の状況からすれば、対馬の二の舞を恐れた騒ぎの様相が容易に想像できます。
 下関を藩領としている長府藩は、厳戒態勢を敷いて警戒に当たりました。とは言ってもその武装は戦国時代とほとんど変わらないお粗末なもので、2年後にはじまる攘夷戦の結果がそれを物語っています。対馬にはポサドニック号1隻でしたが、下関には4隻の黒船でした。
 騒ぎの最中に幕府の外国奉行・小栗忠順が対馬にむかう途中、咸臨丸に乗って下関港に入りましたが、下関でも対馬でも外国艦に相手にされず、江戸に引き揚げていきました。今でいえば外務大臣ですが、当時の日本の国力とはそんなものでした。下関の場合は六連島などに上陸しましたが、騒がせた末におとなしく去り、一件落着となりました。しかし僻地の対馬と違って北前航路の中継港たる本土の一角に異国の軍艦が長期に居座った事件は、長州藩の攘夷行動はじめその後の政局にも重大な影響を及ぼしたと三宅教授は指摘しておられます。これまでわたくしたちが看過してきた文久元年のイギリス艦来に、あらためて関心を呼び集める歴史論文です。     (古川 薫) 

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