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    つぶや記 53
  愛新覚羅家と下関

  田中絹代監督作品のひとつ『流転の王妃』がこのほど田中絹代ぶんか館で上映されました。この映画では、嵯峨侯爵家から浩さんが、満州皇帝溥儀の弟・愛新覚羅溥傑夫人として嫁すことから始まりますので、下関と愛新覚羅家との関係は知る人ぞ知るということになっています。わたくしとしては、プロローグとして中山忠光卿暗殺の歴史を挿入してもらいたかったのです。
 幕末文久3年(1863)8月の天誅組の乱後、下関に亡命してきた中山忠光(明治天皇の叔父)を、長府藩は手厚く庇護しました。しかし幕府の探索がのびてくると、もてあました長府藩は、田耕(下関市豊北町)の隠れ家に討手をむけ、忠光を暗殺してしまいます。
 侍女として忠光につかえていた下関の商人・恩地与兵衛の妹トミは、そのとき忠光の子をみごもっていたのです。生まれた仲子は母親とともに中山家に引き取られます。成人した仲子は嵯峨侯爵家に嫁し、その孫娘が悲劇のヒロイン浩姫です。祖母が商人の娘というのを恥じたのか、ここまでの事情が秘匿されています。
 昭和7年(1932)3月、傀儡国家満州国皇帝の弟と日本人を結婚させようという関東軍による「日満親善」の策略が進み、嵯峨浩に白羽の矢が立ちます。あとは映画が語る通りの筋で、浩夫人は「流転の王妃」の苦難をたどり、やがて別れわかれとなった相愛の夫との再会を果たします。
その間、長女慧生の心中(天城山)事件など悲劇もかさなりますが、映画では遺体だけを冒頭に出しながら説明がありません。
 昭和62年(1987)6月、浩さんは北京で波乱にとんだ生涯を閉じます。73歳でした。一族の廟所「愛新覚羅社」が下関市綾羅木町の中山神社にあるのは、忠光卿の墓がそこにあるからです。浩さんの著書『流転の王妃』(文藝春秋)、拙著『暗殺の森』(講談社)で全貌が分かることを申し添えておきます。   (古川 薫)

 

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