トップ > 名誉館長のつぶや記 > 名誉館長のつぶや記245 山上の垂訓

つぶや記 245
  山上の垂訓

  これは教会関係の人に訊ねるべきでしょうが、偶然の出会いだったので、いきなり感想を書いてみます。事の起こりは本との出会いで、本というのが日本聖書協会発行の『新共同訳 聖書』なのです。
  最近、安岡病院の書棚にふとそれを見つけました。A5判2段組みおよそ2000ページの大冊、旧約聖書・新約聖書を新しく和訳し合本したものです。その中の「マタイによる福音書」(マタイ伝)にまず目をとめたのは、いささか理由があります。
  大内時代、フランシスコ・ザビエルが山口に入ってきたとき、たずさえていたのはラテン語訳の聖書と日本語訳の「マタイによる福音書」の一部分だったそうです。残念なのは日本語訳の「マタイによる福音書」が遺されていないことです。
  マタイ伝には"山上の垂訓"というのがあって、キリストが山上から人々に説教を垂れている場面です。その中の「姦淫するなかれ」の項には、大内義隆とザビエルの初対面の際の逸話(略)を連想させる次のような話があります。「されど我は汝らに告ぐ。すべて色情を懐きて女を見るものは、すでに心のうち姦淫したるなり」
  若いころわたくしたちが読んだ文語文の聖書は、ほとんど消え失せています。戦後の漢字、仮名づかい改革とともに口語一色となり、聖書もさまざまな口語訳ができて何だか味気なくなりました。さてマタイ伝はどうなっているか。点検してみておどろきました。
  「姦淫してはならない。あなたがたも聞いているとおり『姦淫するな』と命じられている。しかしわたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中で、その女(おんな)を犯したのである」
  文語文時代の聖書は、すべての女の人を、みだらな視線で見たら「すでに心のうち姦淫した」ことになるとしています。世の中のほとんどの男性はこの罪を犯していることになるという厳しい戒律でした。
  本書の序文によると、聖書は紀元前3世紀からヘブライ語・ラテン語・ギリシア語・英語などさまざまに訳され、それも無数に版を重ねている。「共同訳聖書実行委員会」なるものができて、このあたりで新旧共同の聖書を出そうとなったのが1983年(昭和58)のことです。
  お気づきのことでしょうが、古い時代の山上の垂訓に登場する女はすべての女性、最新訳の女は「他人の妻」に特定しています。時代の変遷とともに聖書の言葉も大きく変わるものであります。
                                                                                (古川 薫)

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