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つぶや記 134
戦争アレルギー

 田中絹代主演の松竹映画『陸軍』が出来たのは、昭和19年(1944)でした。翌年が敗戦です。なおも戦意高揚映画を作って国民を戦争に駆り立てようとする陸軍省の委嘱によって、製作された作品です。
 監督を任された木下惠介は、映画のラスト・シーンで出征する息子の行進を、さながら泣きの涙で見送る母親の姿を、これでもかとばかり撮って陸軍省を激怒させました。
 戦後つくられた戦争ものでは、当たり前のことのように、、母親の心情が描かれますが、当時は最愛の子供の死を知らされた時、涙も見せず「お国のために名誉の戦死をとげたあなたを誇りにします」と言い放つ"軍国の母"の虚像をスクリーンに描くのが戦意高揚映画だったのです。権力のその期待をみごとに裏切ったのですから、木下惠介はその筋からは睨まれ、御用評論家からは「米欧の母親を描いてみせた」と非難されました。いずれにしても、「戦争」という現実が国民の上に重くのしかかっていた時代の話です。
 戦争のない(日本人にとって)時代が半世紀をはるかに越える歳月をすぎました。戦争は永遠に無縁のものだと思い込んでいますが、ほんとうにそうだろうかと、ふと考えさせられるニュースが飛び交うこのごろです。
 尖閣諸島に港を築け、役人を常駐させろと言う。そうしたら自国領を主張する中国が、侵略だとして軍事行動に出るのではないか。「いやその心配はない」とこともなげにいう評論家先生がいますが、断言できるのでしょうか。「戦争」ということに思考停止した状態で、国境問題を論ずる危険を感ずるといえば笑われそうですが、ほんとうに笑っていてよいのでしょうか。
 わたくしは、最近ある大学生から「あなたは戦争アレルギーですね」といわれました。そんな言葉があることも知らなかったのですが、このごろ政権交代もからんで、憲法改正、集団自衛権なども、じわじわと浮かび上がってきています。わたくしたち「戦争アレルギー世代」としては、覚悟を迫られる時代が近づいてきているように思えてならないのであります。
                                     (古川 薫)

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