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つぶや記 125
傍観者たち

 「いじめ」が大きな話題になっています。苛めは人類の社会生活がはじまって以来の根深い宿痾です。苛めるというのは、弱い者を苦しめることで、弱い者を選ぶのは、自分の安全が保障されているからです。復讐を恐れる被害者が反撃しないことを見越し、さらに集団で1人に襲いかかるという卑劣な攻撃は、精神論を説いて止めさせるものではなく、また子どもの世界だけでない、むしろ成人社会の苛めはもっと複雑で、熾烈です。
 苛めといえば、田中絹代が親善使節として渡米し、その凱旋パレードの車上から、投げキスをしたといって、大バッシングされたのは昭和25年、つまりサンフランシスコ講和条約締結前年のことでした。このときは新聞という新聞が口をきわめて1人の女優に非難を浴びせました。まさに苛めでした。絹代は鎌倉山の崖から身を投げたいと思ったそうです。
 まだ占領下でした。パンパンガールなるものが米兵の腕にぶらさがる街を走りまわるジープに、作り笑いして手を振る日本人が、敗戦コンプレックスのはけ口を面従腹背の敵国から帰ってきた田中絹代にむける苛めでした。
 苛めにはそれを噴出させる病巣がその背後にあります。いたずらに当事者を責めるばかりでなく、心理学のメスを入れることも大事ですが、とにかく厄介な問題です。作家の今東光が中学生のとき、親しい同級生が上級生に苛められているのを知り、5寸釘を打ちつけたタルキを持って駆けつけ、「貴様ら、これを頭にぶちこんでやろうか」と凄んだら怖気ついて逃げ出したということを随筆に書いていました。いまどきそうした侠気の少年はいませんし、正義感に燃えてその危険な役を引き受ける者もいない。しかし目の前で過酷な苛めにあっている同級生をしらっとした顔で傍観している彼等の立場はどうなるのか。
 1人の弱い中学生を、よってたかって苛んでいる奴等、その親、傍観を決め込んでいる同級生たち、無気力な教師群、事件を隠蔽し自己保身する教育委員会、手を拱く文科省・・・・・・すべてをひっくるめて病める社会の縮図です。黄泉の東光和尚に、悪魔払いの毅然とした処方箋の教示をお願いするしかないのでしょうか。
                                   (古川 薫)

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