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つぶや記 118
死屍に鞭打つ

 「死屍に鞭打つ」という言葉があります。死んだ人の悪口を言っていてはいけないという古くからの戒めですが、こんど映画監督の新藤兼人さんが亡くなられたとき、わたくしは思わず、それに類することを口走ってしまいました。新藤さんが書かれた『小説田中絹代』は、田中絹代という女優の評伝です。
 「小説」とあるのは対象とする人物への、ある偏見を持って記述している場合に用意される「かんむり付き」のタイトルで、とくに歪曲、捏造したものはないが、解釈のニュアンスに悪意の着色がほどこされていることへの予防線というほどの意味もあります。
 たとえばその人物の恋愛について語るとき、「サカリのついた猫のように」と、登場する第三者の発言に置き換え、著者の言葉ではないとする責任のがれの手法があります。『小説田中絹代』は、彼女の女優としての事績に賛辞を与えながら、その人格をおとしめる表現を、巧みにちりばめています。これが田中絹代の評伝の定本になっているのが残念でなりません。絹代さんの健在中に出版された本ですが、ご本人からの著者への抗議はなかったようです。
 わたくしは一昨年、脚本家・監督の倉本聰さんから、絹代さんの臨終近い床で「新藤を殺してやりたい」という恨みの言葉を耳にしたと話されているのを聴き、粛然とした思いに沈みました。きょうは死屍に鞭打つのではなく、絹代さんに、「新藤さんがそちらに行かれますよ」と知らせるつもりで、あえてこの話を書きました。今ごろは微笑仏となったお二人が、あんなこともあったねえと、音羽信子さんも交えて談笑しておられるのに違いない。まさか黄泉の国での修羅場はないでしょうから。
                                    (古川 薫)

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