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つぶや記 241
  楽しみます

   オリンピックだけには限りませんが、スポーツ選手の多くが、試合の前、 「楽しんできます」といった意味のことを言うのが通例になってきました。
   平成7年(1995)、野茂英雄さんが大リーグでの活躍が認められ第43回菊池寛賞をもらったとき、わたくしはたまたま上京していて授賞式を覗き、この言葉を聴いたのです。
   野茂さんは謝辞で「これからもアメリカで楽しんできます」と言ったのです。まだ日本人が大リーグで活躍するのがめずらしいころ、この受賞となったのですが、わたくしとしては、「楽しんできます」という野茂さんの言葉に違和感を覚えました。
   野球に例えれば、「4対4、9回裏、3ボール・2ストライク」の場面で、バッター・ボックスに立つ打者、そして投手、さらに守備についた選手たちの極度な緊張感に感情移入して、観戦者は「楽しむ」のであって、競技者自身が楽しんでいるわけではないのです。
   いったい楽しむとは何でしょうか。インターネットを引いてみると、「定義しにくいが、人々が経験したいと思う根本的な感情―歓楽・愉樂・快楽・・・・・・」とあります。またギリシアの哲学者エピクロスがとなえた快楽主義とは「人生の目的は快楽であり、快楽こそが最高の善である」と解説しています。
   古代ローマの競技場で剣闘士が真剣で斬りむすぶ試合のスリルを「楽しむ」観戦者に通ずる残酷な快楽が近代スポーツにもあります。実際には極限状況で競技者が「楽しむ」ことはありえない。もし競技者がその勝負を楽しんでいるとすれば、それは八百長でしかありません。
   真剣勝負の瞬間を後で回想して「楽しむ」と表現することを理解して聞き流しているわけですが、野茂発言以後、こんどのリオ五輪では耳にタコができるほど選手の「楽しみます」を聴かされました。この虚言をわたくしはあまり好きではありません。
   しかしリオ五輪のパラリンピックでは、「楽しみます」と言った選手は、わたくしの見たかぎり1人いただけでした。身体障害者にとって、スポーツは単なる遊びではなく、人生の真剣勝負であるということに気付き粛然といたしました。
                                                                              (古川 薫)


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