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つぶや記 240
  守銭奴の金メダル

   オリンピックの年を迎えるたびに、わたくしが思い出すのは、田中英光の青春小説『オリンポスの果実』です。1932年のロサンゼルス・オリンピックのときの若者のことを書いた作品です。
   選手団はサンフランシスコ航路の船でアメリカへ渡りました。20日余りの船旅ですから男女選手の間で、恋愛が芽生えるのも自然というものでしょう。この作品は悲劇で終わるのですが、さわやかなスポーツ小説でもあります。
   その後オリンピックが芸術の領域に登場するのは、1964年の東京オリンピックのときでした。記録映画を委嘱された市川崑監督が創った『東京オリンピック』は、スポーツの美を映像化したまさに芸術作品でした。
   たとえば今では普通に見慣れたものになっていますが、100メートル競走のスタート・ダッシュの壮烈なシーンは市川崑が生み出した映像です。ところが市川の『東京オリンピック』には大ブーイングが起こって、不評の極みという結果となり、再映の気配もありません。
   日本選手がメダルをとっても、賛辞をはさむ大げさなナレーションはなく、各国選手の躍動美をひたすら追いつづけたからでした。
   市川監督は撮影の前にこんなことを言っていました。「単なる記録映画にはしたくない。創造力を発揮して真実なるものを捉えたい」と。メダルの枚数を数え上げ、バンザイを叫ぶ場面を追ったのでは、世界のアスリートが集まるスポーツ祭典の真実を捉えるべくもないでしょう。さてこの次2020年の東京オリンピックの記録映画は、どんなものになるのか。
   現代のオリンピック選手たちは飛行機でひと飛び、着いたらメダルのことで頭が一杯、『オリンポスの果実』どころではありません。
   オリンピックのメダルの数を金・銀・銅に分け熱心に数えるようになったのはいつからでしょうか。メダルが銀になったといって、あられもなく泣きじゃくるといったシーンや、うなだれる敗者の前で勝った者が文字通り狂喜乱舞する見苦しい姿が記録されるのでしょうか。
   テレビの画面で金メダルを並べ、数え立てている守銭奴そっくりのいじましい光景もオリンピック映画にはふさわしくありませんね。
   以上、市川崑監督の再登場を願う昨今の感想であります。
                                                                              (古川 薫)

  

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