トップ > 名誉館長のつぶや記 > 名誉館長のつぶや記197 太平久しかるべし

つぶや記 197
太平久しかるべし

   安政2年(185)の正月を、吉田松陰は萩の野山獄で迎えました。欧米密航計画に失敗、江戸の牢から郷里への護送となり投獄されたのでした。
   獄中で松陰の講義がはじまります。受講者である囚人とのやりとりを、松陰は『獄中問答』として書き遺しています。「太平久しかるべし、ああ悲しいかな」と松陰がため息まじりに述懐したのに対して、「太平がつづくのは結構ではないか。なにを悲しむことがありましょうか」と、囚人のひとりが異議をとなえました。
   それにたいする松陰の解答は長くなりますので、要点をかいつまんで言えば「平和ボケ」の諸現象を挙げているのです。
   今、戦後70年の回顧しきりです。松陰先生の嘆きにも似た声もちらほら聞かれますが、平和がこんなにも長くつづいたことを喜ぶ声が圧倒的です。しかし「久しかるべし」については、やや懐疑的な思いもただようのはやむを得ないことかもしれません。
   幸福の頂点にあって、これがこのまま永くつづくのであろうかという不安が頭をよぎるのは当然で、たしか古今集の中にも、この平穏な生活にいつかわざわいが襲ってくるのではないかと不安を歌った作品があります。
   ところで現在「成人式」なるものが国民の祝日になっていますが、それは兵役というものがあった時代の名残りともいえる年齢の区切りです。成人式は18歳にすべきでしょう。
   さてことしもまた「新成人」たちのご乱行が報じられ、また華やかに着飾った女性たちがテレビ画面を彩っています。それは平和を謳歌するかたちのひとつです。それを見て「太平久しかるべし、ああ悲しいかな」などと言うつもりはありません。問題は若者に兵役のない時代、若者が戦争に駆り出されることのないこの情況がいつまでつづくのか。
   「太平久しかるべき」平穏が何の努力もなく、このまま与えられるものなのかどうか。戦後70年に迎える成人の日に、あらためてそのことを思うのは、70年前、わたくしは20歳、かろうじて戦争から生き残り迎えた平和な正月の味を忘れることができないからです。
                                                                                    (古川 薫)

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