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つぶや記 157
  愛妻記『みぞれふる空』

   米本浩二著『みぞれふる空』(文藝春秋)を読みました。「あなたの病気に医療は何もできません」と医師から宣告され、緩慢に進行する病状に怯えながらも懸命に明るく振るまっている聡明な妻を介護する日々を報告するかたちをとっています。むろん単なるレポートではなく二人の子供と病妻を抱え、突然襲われた非情な状況に立ち向かい、主婦代わりの手助けや、勤務先の仕事の上でも奮闘する中年男性の姿が浮き彫りにされています。
   著者はわたくしも知っている毎日新聞の学芸部記者です。職業として文章生活を送ってきた人間としての義務意識が、目撃し体験する自身の極限状況を、対象化し風景化してこれを報告するのもプロ根性というものでしょう。
   肩の力を抜いたさりげない筆づかいで、妻の病気のことだけでなく、思春期の二人の娘と親との衝突など日常家庭の雰囲気が活写され、家族が闘病の暗さを打ち消して互いの立ち居振る舞いに、それとなく気を配っている気配が、読む者への救いともなっています。
   「あ、これは文学だ」と思わず声をあげたくもなるのですが、にわかに「このことも書いておかなければ」といった非文学的な文言がまじるのは、おそらくこれを小説などにすべきではないという自制がはたらいているのだとわかるのです。
   吉本ばななさんも絶賛しています。生きていることのすばらしさを教えてくれる本です。この原稿を書いている日、先般ノーベル賞にかがやいたiPS細胞の臨床研究が始まるというニュースを、メディアが大々的に伝えていました。すべての人への朗報である日が、心から待たれます。
                                                                             (古川 薫)

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