名誉館長のつぶや記

名誉館長のつぶや記219 香川京子さんのこと

つぶや記 219
  香川京子さんのこと

   田中絹代賞の香川京子さんが、このほど来関、生涯学習プラザでのトーク・ショーに出演、つめかけた市民600人と一緒にお話を拝聴しました。香川さんが成瀬巳喜男監督の『おかあさん』で田中絹代さんと共演されたのは昭和27年のことです。
   もう80歳を超えておいでですが、あの映画のなかで見た花嫁さんをそっくり思い出させる若やいだ顔におどろきました。清純な美形とはこのことかと、あらためて思いました。
   「最高に記憶に残る監督はだれですか」と、香川さんに訊いてみました。「溝口健二さんです」という答えが、すかさず返ってきました。とくに『近松物語』のときのしごかれ方は尋常ではなかったように聞こえました。巨匠たちとの仕事を重ねて、俳優たちは進化をとげるのです。
   内田百閒の晩年を描いた黒澤明の『まあだだよ』では松村達雄演ずる百閒の妻の役でしたが、脚本に書き込みはなく、監督からも何の指示もない、自分の主婦の感覚そのまま自由に演技したら、それが映画批評家大賞女優賞となった。簡単なようですが、ステージその他における香川さんの自然な立ち居振る舞いを見ていると、生得身についた演技者の資質といったものを感じさせました。
   少しの時間、身近に対話する機会を得ましたが、しみじみ思いましたね。「やはり女優というイキモノがいるのだなあ」と。先天的にか、後天的にか、オーラが漂っているのです。わたくしは田中絹代さんと対面したことがありませんが、おそらく田中さんにもそれがあったにちがいありません。
   田中さんが「役になりきる」というのは、つとに有名です。実生活の上では母親の経験がないこの人が完璧に母親をこなしているのは、『陸軍』のときもそうでしたが、香川さんはたしかに実母のような田中さんを感じたそうです。田中絹代ぶんか館に展示してある遺品を丁寧に見入っている香川さんには、今もってその余韻が匂っているようでした。
                                                                              (古川 薫)