名誉館長のつぶや記
名誉館長のつぶや記64 煙突の見える場所
つぶや記 64
煙突の見える場所
なつかしい映画『煙突が見える場所』をテレビで再見しました。1953年(昭和28年)、五所平之助監督による新東宝作品。60年ばかりも前の映画ですが、場面々々はかなり鮮やかにおぼえていました。そして21世紀の現代にも生きつづける五所監督の感性というものをあらためて確認しました。
作品論とは別に、半世紀の歳月、わたくしの加齢で付加された記憶の量が、さまざまな連想を拡大してゆくのが、実に面白くありました。
登場人物を演じた役者さんの大半が、すでに泉下の人です。田中絹代、高峰秀子のほか往年の名脇役中村是好の顔ともずいぶん久しぶりの体面でしたし、高峰秀子の恋人役芥川比呂志に、父親芥川龍之介の顔がそっくりかぶさっていると、当時うわさしたことも思い出しました。
わが国初の本格的トーキー劇映画は『マダムと女房』(1931年)で、主演が田中絹代、そして監督が五所平之助でした。音の出る映画ということで、ふんだんに日常の雑音を入れた『マダムと女房』でしたが、22年後の作品にも生活音をたっぷり聞かせるところ、五所監督の茶目っけかもしれませんが、「スクリーンから音が出るんだ」という意識が、まだ映画人にあったのだということも思いました。
さて、何といっても特別な感慨をもよおしたのは、田中絹代と上原謙のことでした。メロドラマ『愛染かつら』の恋人同士が、祖国の敗戦を境とする15年間をへだてて、貧しい小市民の夫婦を熱演する姿に心を打たれました。ついでに申しますと、お二人のあれ以来のそれなりな加齢と演技力の格段の進化を発見しました。かばかりのことも、オールド・ファンにはなつかしいのであります。
(古川 薫)