名誉館長のつぶや記
名誉館長のつぶや記62 原作者不在の芸能界
つぶや記 62
原作者不在の芸能界
前回、大河ドラマ『樅の木は残った』の再放送についてお話したのですが、東日本大震災とのからみで紙幅がなくなりましたので、2回に分けました。
『樅の木は残った』は40年前の作品ですから、出演者の顔ぶれは、まったく懐かしいの一語に尽きます。もう故人となった俳優さんも多く、なお健在の人々の相貌にも風雪のあとがただよって、感慨深いものがありました。田中絹代さんが、原田甲斐の母親役で出ています。絹代さんの素顔に近い老いの美しさに、あらためて打たれました。吉永小百合さんも出演しています。また尾上松緑、森雅之、加藤大介、花沢徳衛、岡田英次といった名優、ベテランそろい踏みの豪華番組です。
先日、田中絹代ぶんか館に来訪された栗原小巻さんは、主演の平幹二郎氏ら関係者と、放映終了後の座談会で当時の思い出を語っていました。ロケの場所がこんどの津波によって、跡形もなく消えてしまったという話も出ていました。座談会ではこの作品のすばらしさが口々に語られましたが、原作者のことにまったく触れられないのは、ああいつものことだなと、わたくしはこのときも嘆息しきりでした。
『樅の木は残った』は、山本周五郎氏の作品で、伊達騒動を新視点でえがいた傑作歴史小説です。従来、原田甲斐は、伊達騒動の悪玉として語り伝えられ、この事件を脚色した歌舞伎『伽羅(めいぼく)先代萩』でも、原田甲斐は仁木弾正(にっきだんじょう)の名で悪人の巨魁として暗躍し、最期に殺されます。
山本作品は原田甲斐を、大藩取り潰しを計る幕府の謀略に抵抗し、お家安泰の犠牲となった外様大名の忠臣とする悲劇に仕立てています。近代史観に立つすぐれた文学作品の巧みな発想が、このドラマを成立させている事実を、制作者も出演者も心に刻みこんでおくべきです。原作者不在の芸能界に不満を呈した上で、『樅の木は残った』への賛辞とします。
(古川 薫)