名誉館長のつぶや記
名誉館長のつぶや記24 君はいくつになりますか
つぶや記 24
君はいくつになりますか
前回「河上徹太郎と中原中也 ー その詩と真実」展で、書き漏らした話をします。わたくしは昭和51年の春、「新潮」編集長の坂本忠雄さん(現開高健記念館長)の紹介により下関で、晩年近い河上先生にお会いしました。そのときのことです。
偶然、河上先生と差し向かいでコーヒーを飲む機会がありました。偉い人の前で、私が無口になっていますと、沈黙を破るように先生が話しかけてこられました。
「君はいくつになりますか」
これですよ。この質問。わたくしはいつか年下の人に、親しみをこめてさりげなく、こんな質問がしてみたいと、かねてから思っているのですが、できませんね。それが人間の貫禄というものでしょう。
そのときたしか74歳の河上先生から、
「君はいくつになりますか」
と年齢をたずねられて、わたくしはたじろぎながら、「50になります」と答えました。わたくしは直木賞を何度か落選したころでしたので、「恥ずかしながら」というほどの気持ちをふくめて、そう答えたのです。
「若いなあ。いいねえ」
まるで感嘆まじりに言って、先生はわたくしに頬笑みかけられました。
それ以上のことは、なぜか記憶が消えてしまっていますが、「君はいくつになりますか」という河上先生の問いかけは、その後長い歳月、今もですが、わたくしの脳髄のなかでリフレインしているのです。
あヽおまへはなにをして来たのだと・・・・・・
吹き来る風が私に云ふ
中也詩『帰郷』の一節と重なって、「君はいくつになりますか」という河上先生の声が折にふれてはよみがえり、わたくしの肩を揺さぶるのです。
これ、わたくしの詩と真実であります。 (古川 薫)