名誉館長のつぶや記
名誉館長のつぶや記196 関門海峡での第一弾
つぶや記 196
関門海峡での第一弾
謹賀新年
ことしの山口県は何と言っても、『花燃ゆ』でしょう。新聞各紙の新年号でも地域版はこのテレビ・ドラマの話題が一色でした。これはすでに昨年から始まったブームですが、最も興奮しているのが観光産業であることは当然の成りゆきです。
そこでわたくしに言わせれば、関係者はヒロインのお話しにばかり気をとられないで、もう少し歴史を勉強してもらいたいということです。
『花燃ゆ』関連の県内観光ポイントの紹介で、大事な場所が抜け落ちているというのは関門海峡です。この海峡における攘夷戦から明治維新が大きく動きだしたことは、すでに周知の歴史的事件ですが、この国際紛争に火をつけたのが、『花燃ゆ』の主人公お文さんの最初の夫・久坂玄瑞です。
文久3年(1863)5月11日未明、門司田ノ浦沖に停泊していたアメリカ合衆国の商船ペンブローク号(当時では黒船)に、攘夷の第一弾を発射したことから、翌元治元年に至り英仏欄米4カ国との6次にわたる戦争となりました。
このとき萩から藩兵500が下関に集結していましたが、総指揮官の毛利能登は、重大な結果を危惧し逡巡して、攻撃命令を出せずにいました。京都から浪士隊をひきつれてきていた久坂玄瑞が、強引に長州藩軍艦・庚申丸を出動させてペンブローク号に近づき砲弾を浴びせかけました。維新史に高杉晋作が登場する一足先の久坂玄瑞のデヴューでした。このときの玄瑞の奥さんが文(ふみ)です。
攘夷戦が幕末動乱のスタートとなります。攘夷戦で惨敗した長州藩は、全国の大名にさきがけて尊皇攘夷から尊皇倒幕に藩論を転換します。下関が明治維新発祥の地とされるゆえんです。
下関みもすそ川公園には、フランスから里帰りした長州砲のレプリカ(本物は長府博物館にあります)をはじめ、攘夷戦で火を噴いた青銅砲のレプリカ5門が海峡にむかって砲口をそろえています。
『花燃ゆ』は単にひとりの女性の一生をたどるドラマではないでしょう。日本国が近代国家として生まれ変わるための陣痛であった維新史を、もう一度あらためる機会でもあります。
ともあれこれだけの舞台装置をそろえている下関を忘れているとは何たることですか。森の石松でなくとも「カンジンなのをひとつ忘れちゃあいませんかってんだ」と、正月早々タンカのひとつも切りたいところであります。
(古川 薫)