名誉館長のつぶや記
名誉館長のつぶや記119 天行健なり
つぶや記 119
天行健なり
戦前、「山口県民歌」というものがあり、わたくしたち子どものころはよく歌いました。ご多分にもれず歌詞の意味は充分に分からないまま、ただ口ずさんでいたのですが、おとなになって、「天行健なり百万一心」という一節を、時々思いだしてその意味を考えることがあります。
先日の日蝕の日が、そうでした。「百万一心」というのは、毛利百万石の人心を一つにという元就の願いを表した戦時統制下の歌い文句ですから、別に気にとめることもないのですが、「天行健なり」はただならぬ文言であります。
これは「易経」にある言葉です。天行とは天体の運行を言います。大自然のなかで、天体は半径無限の軌道を寸分の狂いもなく悠々と運行している。だから地球と月と太陽が一列に並んで見える瞬間を、何十年ぶりにか、何百年ぶりにかの時を予測できる。宇宙の微細な要素である人間社会も、天体の運行とともに、一定の軌道を走っているわけで、あわて騒ぐことはない。たとえば人間の経済行為も好況・不況を繰り返す輪廻のたなごころにある・・・・・・。
まあそういうことになりましょうか。当地方は雨のため、先日の日蝕を見ることはできませんでした。源平合戦当時、日蝕があったことを『平家物語』が証言してくれているのですから、関門海峡のほとりに暮らしている者としては、特別の思いがあります。代わりにテレビという便利な器械で金環日蝕を見ることはできました。しかし画面では現実感がありません。東京にできたスカイツリーとかの尖塔と日蝕をダブらせて大騒ぎする人々の様子がドキュメント映画のようでした。あの巨大な天球が宙に浮かんで疾走しているという途方もない摩訶不思議は、永遠のナゾとして、日蝕はたしかに宇宙ドラマですね。
(古川 薫)