名誉館長のつぶや記
名誉館長のつぶや記59 春雪に若き命を疑わず
つぶや記 59
春雪に若き命を疑わず
子どものころ「彼岸過ぎても七雪あり」と、聞かされたことがあります。おそらく3月末、めずらしく雪が降った日の話題で、まだまだ4月に入っても雪は降るものだと教えられたのでしょう。春雪と呼んでその詩情を喜びもするのは、雪の少ない温暖な場所で生活する人間の特権とでも申しましょうか。
ところで『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』は、江戸時代の天保期、越後に住む鈴木牧之(ぼくし)という人が書いた随筆で、雪の緻密な観察記録を主題に、雪国の風俗・習慣・言語を伝えています。吉田松陰の『東北遊日記』にも北越を旅するとき、これを新潟の書店で手に入れ、夜の宿で読んだことが書かれています。
牧之はその中に、「降る雪をは花にたとえて、酒食音律の楽しみを添え、絵に写し、作詞して喜ぶのは、雪の浅い土地の人々のことだ。わが越後のごとく、毎年、豪雪に見舞われ、雪のために力を尽くし、材を費やし、千辛万苦する人間にとって何の楽しみがあろうか。辺境の寒国に生まれた不幸を痛感し、暖地に生まれた人々の幸せを羨むばかりだ」と歎いています。
ことし4月初旬、東日本大震災のニュースをテレビで見ていると、横なぐりの雪に襲われながら過酷な運命に耐えている被災者の姿は、目を覆うほどのものでした。地震に津波、さらに原発事故と三重苦の上に降り積もる無常の雪を恨むや切なるものがあります。最近ではようやく寒気もおさまってきた気配ですが、七雪ありとすればまだ安心はできません。
南国に住むわたくしたちとしては、せめてささやかな義援金を差し出し、
眉をひそめて寒い国の人々が「千辛万苦」するする惨状を見守るしかありません。一刻も早い死者の収容と災害復旧を祈るばかりですが、被災地の子どもたちの元気な様子、、甲子園で奮闘する東北の少年たちの雄姿にに救われるものを感じます。
「春雪に若き命を疑わず」ーー詠み人知らずーー
(古川 薫)