名誉館長のつぶや記
名誉館長のつぶや記39 星野哲郎さんへ
つぶや記 39
星野哲郎さんへ
山口県出身の作詞家星野哲郎さんが、亡くなられました。海を愛した大島郡生まれの人でしたが、わたくしにとっても星野さんの記憶は、北大西洋の海原につながっています。
1966年の春、わたくしは北大西洋における日本遠洋漁業船団の操業をルポするために、大洋漁業のトロール船に同乗取材していたのです。タイ、イカの宝庫といわれ、60年代初頭から日本をはじめ各国のトロール船200隻を超えるほどの最盛期を迎えていた北大西洋漁場もようやく下火になりつつありました。
カナリア諸島からモーリタニア、セネガル沖合にいたる海域を、ソナー(水中に超音波を発し、反射音の方向から目的物を探りあてる音響機器)を頼りに、魚群を追ってさまよう船の中で、わたくしは乗組員たちと共に、無為の日々をすごしていました。 ある日、突然甲板のラウド・スピーカーから、日本の流行歌が響きわたりました。それは2年前に発表され、星野哲郎さんの代表作のひとつとなったヒット曲、都はるみさんの『アンコ椿は恋の花』でした。
わたくしたちは地球の裏側にあたる遙かな祖国への望郷に胸を湿らせながら、手をつけると、真っ青に染まりそうなコバルト・ブルーの大西洋サハラ砂漠沖、北回帰線直下の海面をただよい、絶叫するはるみ節に、耳を傾けたのでした。カラオケなどで歌わせられるときの、わたくしの持ち歌は『アンコ椿は恋の花』であります。
今も北回帰線直下の海に美しい残響をとどめていますよと、お伝えしたかったのですが、星野哲郎さんには、ついにお会いする機会がありませんでした。合掌。
(古川 薫)