名誉館長のつぶや記
名誉館長のつぶや記34 花 清く 美しく
つぶや記 34
花 清く 美しく
「人之将死、其言也善《人の将(まさ)に死なんとするや,その言や善し》」とは「論語」にある教えです。人が死に臨んで言う言葉は真実がこもってすばらしいという。古来、辞世その他、いまわのきわに、人が咄嗟に洩らす名句、名言が多く伝えられていますが、死に臨むというのでなく、その人が日ごろ口にしていた言葉が名言として残っていくこともめずらしくありません。
田中絹代が生前、それを言い、色紙などに書いたのが「花清く美しく」という言葉でした。さりげないひとことですが、いかにも其の人柄を表す雅語の響きをとどめています。
このオリジナル・フレーズを黒御影石に刻んだ瀟洒なモニュメントが、田中絹代ぶんか館の玄関に姿をあらわしました。10月19日、除幕式が行われ、ぶんか館の建物がひときわ引き立って見えます。入館者はこの言葉に、心を洗われる思いで展示物に接し、絹代の人生から匂うあえかな劇感にひたることができそうです。
このモニュメントは、下関商工会議所女性会が、創立30周年を記念し寄贈してくださったもので、何かシンボルがほしいという開館当初からの願いが叶えられたうれしいプレゼントでした。心からお礼申し上げます。女性の自立を垂範した絹代のみごとな人生を盛り込んだ近代先人顕彰館に、女性会からの善意が寄せられたことにも大きな意義があります。
ところで田中絹代と並ぶ下関出身の芸術家藤原義江が愛した言葉は、「声美しき人 心清し」でした。まるで合わせ鏡のように「美」 「清」の2字をふくんだ名言を、ご両人が遺してくれました。
(古川 薫)