トップ > 名誉館長のつぶや記 > 名誉館長のつぶや記150 「てふてふ」と韃靼海峡

つぶや記 150
 「てふてふ」と韃靼海峡

   「みほとけのうつらまなこにいにしへのやまとくにばらかすみてあるらし」
   平仮名ばかりで構成したこのような歌人会津八一の名作があります。あるいはまた普通平仮名で叙述するところを、カタカナに置き換えて、異次元の個性を出そうとする散文詩もあります。意地悪して平仮名に書き直してみたら、陳腐な文章があらわれました。そんなすぐ底の割れる技巧もありますが、詩にかぎらず散文においても、ある意味でことばの置き換えの技法を駆使しながら磨きをかけていく。それが文芸というものではありませんか。
   「てふてふが一匹 韃靼海峡を渡つて行つた」
これは安西冬衛の『春』という短詩です。まだ「現代かなづかい」という表記があらわれないころの作品ですが、今わたくしたちが、これを読む(見る)と、いわゆる旧かな独特の雰囲気が感じられます。
   可憐な一匹の蝶と韃靼海峡という北の荒涼とした海峡を対比させる詩境に圧倒されるのですが、そこには漢字と仮名をもってつづる日本語という言葉の美学が輝いています。さらに蝶を「てふてふ」に、間宮海峡を旧称の「韃靼海峡」に置き換えたところに、微小な蝶の目から巨視的に広げた凄絶な言語空間を創りだす秘密があります。
   さて実はこんどの芥川賞への感想です。ようやく暇をみつけて黒田夏子さんの  『a b さんご』 を読みました。これも漢字から仮名への言葉の置き換えで、非日常的な言語空間をつくってはいるのですが、短詩形ならまだしも長文となると、すこぶる難読を強いられます。横書き、区切りのない平仮名の羅列に閉口しました。この文章表現を選考委員が褒めちぎっているのはよいとしても、みんながこんな文章を書きはじめたら、日本語は崩壊してしまいますよ。日本語の美しさは、やはり仮名まじりの漢字表記で守っていくしかないのだと、あらためて痛感しました。
                                                                             (古川 薫)

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