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つぶや記 49
  ある文士の死

  山口市阿知須町在住の作家・中野真琴先生が亡くなられました。93歳でした。国学院大学を卒業後、山口県内の中、高、大学での教職を歴任、そのかたわらの執筆活動ですから学生時代をふくめれば、およそ75年間にわたる文筆生活です。
「長男の文学」を標榜されていました。旧家の長男に生まれ、親兄弟を背負う宿命に甘んじて、郷里で働きながら小説を書くという覚悟を、そのように表現されたのです。わたくしは、小説の手ほどきはもちろん、雑誌編集のノウハウまで、文字通り手取り足取り教えていただきました。わたくしの恩師であり、恩人であります。
   志賀直哉、井伏鱒二、尾崎一雄の崇拝者でした。だからわたくしの小説修行も、そこから入っています。わたくしは少し別の道を歩みましたが、中野先生は私小説が小説の本道であるという信念を、生涯つらぬかれました。中央の雑誌、出版ジャーナリズムとは無縁の場所で、むろん文学賞など眼中になく、ひたすら身辺の日常を題材とした小説を、書きつづけられたのです。「文士」というにふさわしいお方でした。
   自費出版で20冊の本を出されました。品格のある落ち着いた味わい深い作品に魅せられた友人、知友のファンが先生の出版を支えました。大学では角川書店の創業者・角川源義氏と同窓でしたが、その縁を頼るようなことは絶対になく、ひたすらわが道を行かれました中野先生のような文筆家が、地方には大勢隠れているということを言いたいのです。最後に先生から聞いた話をひとつ。「ぼくは中学生(旧制)のとき、田中絹代は風呂に入るとき、まず足に湯をかけるのが健康法だと何かで読み、それ以来老齢の今日までつづけているよ」それを聞いて、わたくしも実行しているのです。                                                                                     (古川 薫)

 

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