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つぶや記 274
  ケインズ経済学は古いか

  戦後間もなくの1951年(昭和26)の春、わたくしは大学生でした。衆議院議員選挙があり、立会演説会というものがめずらしく聴きに行きました。ひとわたり演説がおわった後の質疑応答で、高村坂彦候補(現高村正大代議士の祖父)に、聴衆のひとりから「あなたの信奉している経済学は」という質問が向けられました。「ケインズです」と即答されたのが印象的でした。66年前の話です。わたくしがたまたま大学での教養課程として経済原論を受講しているときですから、ケインズ経済学に関心を持つようになったのはそれ以来のことだと記憶しています。
  通貨金融問題の権威として世界的に知られたケインズが『雇用・利子及び貨幣の一般理論』を発表した1936年(昭和11)から81年が過ぎた今、ケインズ経済学はもう古いといわれています。しかし"ケインズ革命"と呼ばれる独創的な経済理論を形成したケインズ経済学が、高々100年足らずのうちに古びるはずはないと思いますがどうでしょうか。
  わたくしら素人が知ったかぶりのことを言うと笑われそうですが、世界恐慌を克服する学説はゼロにひとしく、現に世界的不況はそのまま歳月をすごしているではありませんか。経済学説が有用の学として人間を救ったのは、前世紀以来こんにちまで1度だけありました。これは文学の領域としても語ることができます。
  ケインズはイギリス人なのに、彼の学説が母国で採用されなかったのは、イギリスで政治家、芸術家、文学者(ノーベル文学賞を受けています)としての存在を謳われるチャーチルと激しく対立したからでした。
  チャーチルは財務大臣を経て、第2次大戦中に首相になるのですが、終始ケインズの助言を遠ざけました。チャーチルの財政政策は失敗だったといわれています。
  ケインズ経済学を全面的に受け入れたのは、アメリカ合衆国の第32代大統領フランクリン・ルーズヴェルトでした。彼が世界ではじめてケインズ経済学の理論を参考に、テネシー川流域開発公社などの公共事業を起こすニューディール政策によって、1930年代の世界恐慌を克服したことは有名な話です。
  ルーズヴェルト大統領は大戦中の1945年(昭和20)病死しました。当時わたくしは陸軍航空隊の兵士でしたが、敵の大将がくたばったのだから、日本は勝つに違いないと子供じみたヌカ喜びをしたものでした。勝つどころか、広島・長崎への原爆投下でとどめを刺され敗戦となるわけです。その後、何次かの不況に見舞われていますが、不況対策に金融政策はだめだというのがケインズ経済学の主張です。(ケインズは1
946年没)
  こないだ日銀は大規模な金融緩和政策の維持を発表しました。大丈夫かなあ。以上がケインズ経済学になお魅力を感じている老人の懸念であります。
                                                                               (古川 薫)

 

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