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つぶや記 273
  日本人が描いた英国

  2017年のノーベル文学賞は、日系英国人作家カズオ・イシグロに与えられました。イシグロの作品は前から早川書房の本で読んでいたという新聞のコラムを読みましたが、なかなかの読書人もいるものだと感心しました。わたくしなどはまったく存じませんでした。
  わたくしにとって出版社といえば、講談社・文藝春秋・新潮社であって、早川書房といえば、サイエンス・フィクション、ミステリーをはじめとする海外文学に強く、自分とは縁遠い出版社だとの認識しかありませんでした。
  家の者に「イシグロのノーベル賞の本を読みたい」と頼んだところ、ハヤカワ文庫の『浮世の画家』を買ってきてくれました。帯に「ノーベル文学賞受賞」とあるのを見て取りあえず1冊手に入れてきたのです。
  戦時中、日本精神を鼓舞する作風で名をなした画家が、終戦を迎えたとたんに周囲の目が冷たくなるというありふれたテーマでした。なんとなく饒舌で退屈しました。この程度の作品を書く人に受賞とはとつぶやいたのは間違いで、これは1986年(昭和61)の作品でした。早川書房はこのさいとばかり新旧の作品8冊を増刷し、帯に「ノーベル文学賞受賞」と曖昧なキャッチ・フレーズをどれにも刷り込んで売り出したわけです。このごろ芥川・直木賞受賞作品が売れるので、あられもなくそれに便乗する商法が目立ってきた日本の出版業界です。今、文学を商品化するお手本を見る心地を味わって、イシグロさんは苦笑しておられるのではないですか。
  さてわたくしが手にとった2冊目の"ノーベル文学賞受賞"は、ブッカー賞を与えられた『日の名残り』でした。これはノーベル文学賞より上質の英国最高の長篇小説という世界的な書評通りの作品でした。
  ある貴族に仕える執事が、主人の好意で6日間の旅に出る。美しい田園風景の道すがら、失われつつある伝統的な英国を描いていくというテーマで、読後感はすばらしいものでした。これを英国に帰化した日本人が書いたところに、さらなる感動があります。
  5歳から英国に住み着いた著者は日本語が話せません。だからわたくしたちは日本人による翻訳で読むのですが、一般の翻訳書と違い、作中を動くイギリス人の肌合いというか、心情が日本人に通じるのです。土屋政雄の翻訳もよいですね。タイトルの『日の名残り』も素晴らしいではありませんか。原題 The Remains of the Day を直訳したかたちでありながら『日の名残り』が日本語のリリシズムを、さりげなく見事に活かしています。英国人が英国を賛美したのでは内輪褒めでしかありません。ここはやはりイシグロさんのような日本人の仕事が、高く評価されたのでしょうか。次は本当のノーベル賞『わたしを離さないで』を読むことにしています。楽しみです。
                                                                              (古川 薫)

 

※次回の更新は、1月9日になります。

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