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つぶや記 216
芥川賞とノーベル賞

  田中絹代ぶんか館で今、田中慎弥さんのデビュー10年を記念する「田中文学の10年とその未来」展を好評開催中です。
  下関市在住の長谷川修さんが芥川賞候補にあがったのは昭和39年(1964)、つまり半世紀前のことです。昭和10年に芥川賞が設定されて以来、下関在住の人がこの賞の候補にあがったことはなく、こうした中央の文学賞などというものは無縁だと思い込んでいたのですから、そのニュースが伝わったときは大変なおどろきで、新聞の地方版はトップの扱いでした。
  その後長谷川さんの作品は2度芥川賞候補となりましたが、残念なことにガンで他界されました。長谷川さんを皮切りに以後、芥川賞、直木賞の候補などこの地域では特別めずらしいことではなくなり、ついに田中さんの芥川賞受賞となったのです。
  火野葦平の芥川賞受賞以半世紀を経て、九州でも芥川・直木賞受賞者が続出、こうした文学賞はもう九州・山口では普通のことになりました。
  さて、昭和24年(1949)、湯川秀樹博士がノーベル賞物理学賞を受賞したとき、日本では寝耳に水の大ニュースでした。戦争が終わって4年、東京のど真ん中にまだ戦災の瓦礫が広がっているころです。ノーベル賞など無縁と思い込んでいた日本人を狂喜させたのでした。
  しかしそれから約50年間、川端康成の受賞などはありましたが、日本人にとってノーベル賞は、依然として高嶺の花でした。ところが2000年をすぎてから、がぜん日本人のノーベル賞受賞が目白押しとなり、あたかも芥川・直木賞のように候補予想乱れ飛ぶといった" 年中行事 " となっています。この稿を書いているときも、すでに医学生理学賞の大村智教授、つづいて物理学賞の梶田隆章教授と決まり、「次にノーベル化学賞をもらう日本人はだれだ」と発表を待つまでになってしまいました。
  芥川・直木賞などと同列の話題にしているのではありません。これまで夢でしかなかったことが「普通のこと」になっていくこの日ごろのできごとを、まさに隔世の感で見ているのですが、なにか不思議な現象にも思える昨今です。
  なお、わたくしなど俗物の感想を付け加えれば、巨額をかけた研究施設をつかって宇宙形成の謎にいどむ物理学成果の受賞よりも、寄生虫による感染症の治療に関する発見で医学生理学賞をもらった大村智教授にこそ大きな拍手を贈りたいと思うのであります。さらには救世主的効果として世界経済の不況に特効薬をもたらすノーベル経済学賞の出現に期待するのですが、宇宙の果てを探り当てるのと同様、無理のようですな。
                                                                                   (古川 薫)

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