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つぶや記 212
逢魔が時の人さらい

  古くから日本人が言ってきた「神隠し」「人さらい」は、要するに誘拐のことです。ある日突然子供(時には大人)がいなくなる。近所総出で、鐘太鼓をたたき、探しまわって見つけ出す、あるいは幾日かのちに、ひょっこり現れるが、本人には何の記憶もないという神隠し事件が古書に記録されています。キツネ・鬼・天狗などの仕業と考えられていました。滝沢馬琴の『兎園小説』にいくつかの例が報告されていますが、犯罪性の薄い多分に伝統的な「逢魔が時」のお話です。
  事実譚としては天保年間(1830年~)石見国(島根県)である海商の神隠しが話題となりました。海外渡航を禁じた鎖国時代の話で、海難で漂流し、東南アジア方面を遍歴した男の報告を神隠しとして有耶無耶にしてしまった。これを発端として会津屋八右衛門の密貿易事件が発生、幕府をあわてさせたのでした。拙著『閉じられた海図』が資料とした「天保竹島事件」です。
  「人さらい」の話も古記録にたくさん出てきます。夕刻に出現して幼児をさらって行くという伝説は、子供の夜遊びを禁ずるためのいましめでもありましたが、奴隷を目的とする悪質な人さらいもあったようです。
  安寿と厨子王で知られる鷗外の『山椒大夫』の原話は越後(新潟県)の事実譚とされています。神隠しや人さらいは21世紀のいまも、性奴隷、臓器移植など凶悪な犯罪性を帯びて横行しています。
  人さらいといえば北朝鮮による日本人拉致事件は、いまだに解決の糸口も見つかっていません。複雑な状況があるにせよ、外交努力の不足が関係者のあいだで言われています。
  ところで最近、朝鮮通信使を世界遺産にしようという運動が熱を帯びてきたようです。この朝鮮通信使が人さらいと関係ありと言えば突飛な話に聞こえるかもしれませんが、研究が進むうちに意外な事実が浮かびあがってきたのです。
  豊臣秀吉の朝鮮出兵のとき、たくさんの捕虜をつれて帰ったとされています。山口県が誇る萩焼の源流は、朝鮮の陶工を毛利秀元が伴って帰国したことに始まるのです。事情はずいぶん違うのですが、不幸な歴史につながっていることは確かでしょう。
  さて朝鮮通信使の目的が友好親善であるのはもちろんですが、拉致された同国人の救出も主要な課題であったようで、徳川幕府も理解したのでした。数次にわたる来日で、朝鮮通信使は秀吉軍に拉致されたおびただしい人々の救出に成功しています。数百人の行列を作って同胞の救出をはかった隣国のその外交努力を、日本政府は知っておくべきです。歴史研究の果実とはそのようなものでしょう。
                                                                                 (古川 薫)

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