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つぶや記 183
誰が「夕顔」を殺したか

  源氏物語『夕顔』の巻は、殺人事件をあつかっています。
  いわば紫式部が書いた推理小説です。被害者は光源氏の恋人夕顔ですが、容疑者は2人で、源氏の妻六条御息所(ろくじょうみやすどころ)と、夕顔の家に棲む妖怪とされています。いずれが下手人か、読者の側では意見が割れて、文久3年(1863)以来こんにちに至るまで、決着がついていないという厄介な推理小説を式部さんは遺してくれました。
  わたくしは国文学者ではないので、そのあたりの事情を知りませんが、たぶん今も迷宮入りになっているはずです。邪馬台国論争同様、永久に決着がつかないほうがミステリアスで興味深い。
  さて「夕顔殺人事件」の顛末を申し上げます。夕顔の家で、彼女に添い寝している源氏の枕元に、怪しげなる女があらわれて、次のような嫉妬にみちた恨み言をいいます。「御まくらがみに、いとをかしげなる女ゐて、おのがいとめでたしと見奉るをば、たづねおもほさで、かくことなることなき人をゐておはして、ときめかし給ふこそ、いとめざましくつらけれとて・・・・・・」
  寛永3年といえば今からおよそ380年ばかり前ですが、その年に出た源氏物語の注釈書『万水一露』では、その怪しい女は「御息所の忿(ふん、怒り)なるべし」とし、嫉妬による邪気だと解説しています。これが従来の通説でした。それからおよそ200年後の文久3年になって通説を否定、御息所の生霊などではない。単なる物の怪(もののけ)だと萩原広道が評釈したことで論争の火がつき、いまだにつづいているわけです。
  「おのがいとめでたしと見奉るをば」の「をば」の「を」を格助詞とし、「ば」を副助詞の「は」の濁ったものとすれば、「見奉る私」は御息所と解釈できるというのです。これに対し「をば」を格助詞プラス係助詞とし、「をば」の上に「人」あるいは「お方」の尊称を補って「私つまり妖怪そのものが、心からすばらしいとお慕い申し上げているあのお方-六条御息所-を、あなたは訪ねてさしあげもなさらないで、このような女と・・・・・・」と解すことができるというのです。
  煩瑣な文法論ですが、理屈をこねはじめると言葉は、いかような解釈もできることを示す好例です。古来日本人は「言霊」と言っていましたが、そこにはある意味の曖昧さがにおいます。物事を正確に表現できる合理性を備えるのはフランス語だというのですがどうですかねえ。言葉は文法だけでなく、文章の行間からもさまざまな解釈の要因がにじみでます。日本語の「文言(もんごん)」にも曖昧な気配があります。このたびの憲法解釈、集団的自衛権の問題を凝視めながら「源氏物語殺人事件」を思い起こしておりました。
                                                                             (古川 薫)

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