トップ > 名誉館長のつぶや記 > 名誉館長のつぶや記163 哀れ田中絹代邸

つぶや記 163
  哀れ田中絹代邸

   みのもんたというテレビ司会者が、番組降板の弁を、いつもの流暢ではなく、口ごもりながら述べていました。その背景に見えるのは今風にしつらえた豪邸の門前です。
  つまりそこは鎌倉市通称鎌倉山見晴台にあった岩田宙造の別荘を修復して、女優田中絹代が住んでいたところです。岩田宙造は明治8年山口県立野村(現光市)生まれ。東京帝大法科を出て、東京日々新聞(毎日新聞の前身)記者を経て弁護士開業、宮内省・日本銀行・三菱銀行などの顧問弁護士を務め、終戦時には
東久邇宮内閣の司法大臣ともなりました。
   その岩田の別荘を大女優田中絹代が買い取って住んでいました。晩年はこの屋敷を売り払い、隣接した腰越に自宅を建て、また三浦半島の突端にも新築しましたが、そこには住まないままでした。
   鎌倉山見晴台の田中絹代旧邸は、その後料亭「檑亭(らいてい)別館」となりましたが、鎌倉市は景観重要建築物に指定、鎌倉の観光スポットにもなっていました。わたくしは田中絹代の足跡取材で、鎌倉山に行ったとき、檑亭で食事しましたが、鎌倉市街から相模湾を一望する絶景に心を奪われました。
   この檑亭をみのもんたが買収、田中邸をぶっ壊し、さら地にして17億円の工費で趣味の悪い「みのもんた邸」をおっ建てたという寸法です。
連日朝から晩までテレビに出突っ張り、日給300万円と豪語する報道芸能人のような人ですから、特別不思議ではありませんが、鎌倉市指定の重要建築物をぶっ壊すなどは、知性も教養のかけらもない所業というほかはありません。絹代のふるさと下関のある女性が、そのことを週刊文春に投書、小さく批判記事がでましたが、蛙の面に何とか、気にもしてない厚顔ぶりです。
   1億円の数字を打ち込んだ預金通帳3冊を見せびらかしたなどといった非難口調のウワサが、インターネットに飛び交っているようですが、それをいうなら田中邸破壊のときにやっつけてもらいたかったですね。しかしすべては後の祭りです。
                                                                              (古川 薫)

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