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つぶや記 144
政権交代

長年、自民党が政権の坐を独占しているころ、政権交代などはあり得ないと思っていたところ、民主党がいきなり躍り出て、デモクラシーは健在であることを実証してくれました。
野田政権は、およそ3年で引き下がり、第2次安倍内閣という奇跡的政権の成立です。これを奇跡的というか、当然の帰結とするかは議論もあるところでしょうが、政権交代というのは、なるべくしてそうなったにしても、やはり奇跡ではあるのです。民主党のときも「へー、ついにやったか」の感しきりでした。大衆の巨大な叡知は、まさにおどろきです。
政権交代が弁証法的進化をとげることを、歴史でしめしたのは、幕末の長州藩でした。長州藩の政権交代は、独特の行政組織によって繰り返されました。組み立てられた集団指導制ピラミッドの頂点に藩主が立ち、その下に老臣たちの「加判役」、その下に強力な中間管理職たる「政務座」がありました。この政務座をめぐる政争のかたちで、藩政の実権争奪、つまり政権交代がおこなわれました。
たとえば農村支配強化(増税)を改革の基本におく村田清風の締め付けを怒る一揆の頻発など農民の不満が極点に達した天保14年(1843)の交代で、重商主義の坪井九右衛門の登場が幕末長州藩における最初の政権交代でした。
その次は尊攘運動に乗り出す文久2年(1862)の急進派の進出、さらに禁門の変、攘夷戦惨敗によって保守「俗論派」との交代というように、柔軟な藩内政権交代で、襲ってくる藩難の危機をきり抜けました。
交代のときは逆方向に舵をとりますが、まもなく交代によって舵を元にもどすジグザグ・コースをとりつづけ、一定の軌道を進んだのです。
さて現代はどうか。政権の期間を5年とするか、10年とするかは別として、二大政党によるアウフヘーベンは、国家の健康な発展のためにも望ましいとしなければなりません。ことしは巳年です。国家は、蛇行しながら目的にむかうオロチになってほしい。これ庶民の願いであります。
(古川 薫)

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