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つぶや記 139
わが心の人諏訪根自子②

諏訪さんにストラディヴァリウスを贈ったナチス宣伝相ゲッペルスは、自殺したヒトラーを追い、総統官邸で一家心中しています。諏訪さんは、名器を抱いてドイツを脱出、戦火を避けてスイスからフランスに入り、ここでアメリカに拘束され、滞欧の日本人一行とともに、米軍の船でニューヨークに送られました。船には日本に進攻するアメリカ兵が乗っており、諏訪さんたちは「ジャップ」と呼ばれて、ひどい扱いをうけます。米兵たちは、捕虜同然の日本人の中に、ヨーロッパで名を馳せた天才ヴァイオリニストがいることを知らなかったのでしょう。
米本土に着いた諏訪さんたちは、敵国人として収容所につながれますが、やがて終戦、祖国日本に帰ってきました。そして演奏活動が始まります。諏訪さんが山口市にやってきたのは、昭和22年の春だったと憶えています。山口市の経専(のち山口大学経済学部)講堂で、諏訪根自子のリサイタルがあると聞いて、わたくしは駆けつけました。
ところが会場入口に行くと、占領軍兵士がぞろぞろと入って行きます。山口駐屯のアメリカ兵で、わずかにまじっている日本人は特別に招待された人たちだと分かりました。つまり占領軍主催の諏訪根自子演奏会なのでした。
敗戦国民の一般人たるわたくしは入場を拒否され、唖然として立ちすくんだその日の屈辱を忘れることができませんが、同時に強烈な記憶をわたくしの脳裏に焼きつけた光景があります。占領軍さしまわしの黒塗りの車から降りてきたうら若い日本人女性、それが諏訪さんです。提げていたのは、例のストラディヴァリウスにちがいありません。
さらにわたくしを感動させたのは、占領軍将校に迎えられ鷹揚に彼らと握手をかわし、颯爽と中に消えていった美しい日本人ヴァイオリニストの姿でした。国境も戦争の勝敗も、芸術の前に無意味だということを痛感したのでした。未来を失っていた復員兵のわたくしが、ひそかに作家を志した瞬間でありました。
ああ、わが青春の諏訪根自子! 合掌。
(古川 薫)

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