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つぶや記 131
震災は天罰か

 石原東京都知事が「東日本大震災は天罰だ」と言ったことが、物議をかもしました。無神経に被災者を傷つけるものと激しい批判を浴びて、発言を取り消したことは、ずいぶん前に聞きました。
 無残な津波報道に接して、これがもし神の意志というものなら、神はなんとむごたらしいことをなさると、思ったりもいたしました。
 そこでわたくしは、この震災を宗教者はどう考えているか、どのような発言をしているかに関心をいだきました。わたくしの情報収集力はたかのしれたもので、そのことに関する宗教者の発言はわからずじまいでした。1年を過ぎてそれらしい手ごたえはありましたが、ピンとくる言葉にはまだ出会っていません。何よりも、震災直後の茫然自失しているとき、これをどう受けとめるかの言葉を発するのが宗教のつとめだと思うのですが、宗教者じしん茫然自失して、文字通り言葉を失ったということでしょうか。耳に入ったのは、政治家石原氏の慎重を欠いた「天罰論」でした。
 ここで新しい情報があります。8月20日発行ですから、本稿がここに載ったころには、書店に並んでいるはずの新潮文庫、末木文美士著『現代仏教論』です。
 これでみると国際日本文化研究センター教授で、仏教学者である末木さんは、かなり早い時期に、「東日本大震災は日本への天罰である」と発言、この「震災天罰論」をめぐる論争は今もつづいています。石原都知事はただちに前言を取り消しましたが、末木さんが持論を「堅持」しているための論争であり、「震災をどう受けとめるかという思想的な問題」にかかわる論争です。「地震は純然たる自然現象ではない」という末木さんの所論を、短い文章では言いつくせませんので、関心のある方は新潮文庫『現代仏教論』をどうぞお読みください。
 ただし震災天罰論は同書の一部をなすものです。「死者に『永眠』などという言葉を平気で使うようになって、僕たちは大事な回路を自ら塞いでいなかったか」-わたくしたちの目のウロコを落とす新しい仏教論が展開されています。
                                      (古川 薫)

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