トップ > 名誉館長のつぶや記 > 名誉館長のつぶや記122 赤江さんごめんなさい

つぶや記 122
  赤江さんごめんなさい

   赤江瀑さんの訃報を聞いた夜は、医師から酒を禁じられていたのですが、惜別のグラスを傾けざるを得ませんでした。ある悔いに襲われながら、強いアルコールを胃に流しこんで、生き残った自分を責めたことでした。
   少し以前から赤江さんは、あまり仕事をされていなかったので、気がかりでした。いらぬ世話だといわれそうなので、たまに会っても世間ばなししかしないようにしていたのですが、最近では黙っていられなくなり、「赤江さん、あれはどうしたのですか」などと、やや露骨に催促めいたことを、酒のせいにしてぶっつけたのです。
  あれとは世阿弥のことです。十年ばかり前から赤江さんは世阿弥と取り組んでいました。出版社の担当編集者がわたくしと同じ人だったので、ときには共通の話題にもなっていましたし、出来上がるのが楽しみだといったことぐらいは、ご本人にも伝えていたのです。
   ところが数年を過ぎても、それらしい気配がない。編集者にそっと尋ねてみると、彼も当惑している様子です。そんなことでくちばしを入れるなど、同業者のすることでないことは百も承知ですが、黙っていられなくなり、「赤江さん、あれはどうしたのですか」ということになったのです。「赤江美学」といわれたあの幽玄の文体で、赤江瀑さんが書く世阿弥が、どのような風姿で現れるのか、思っただけでも鳥肌が立ちます。
   赤江さんは、ついにそんなわたくしたちの期待にこたえず、旅立ってしまいました。無念の思いで、この一文を書いたのですが、赤江瀑さんに投げつけた、あの心無い言葉を、今は悔いるばかりです。
                                                                       (古川 薫)

下関市文化振興財団
下関市近代先人顕彰館 田中絹代ぶんか館

下関市立近代先人顕彰館
田中絹代ぶんか館

指定管理者:
公益財団法人 下関市文化振興財団
〒750-0008
山口県下関市田中町5番7号
TEL 083-250-7666
FAX 083-231-0469

年間スケジュール ふるさと文学館収蔵品一覧 田中絹代賞について 建物3D お客様の声 過去の講座資料