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つぶや記 112
旭荘と小次郎

 慶長17年(1612)4月13日は、グレゴリオ暦になおして1612年5月13日にあたります。宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島で決闘してから、今年はちょうど400年、下関・北九州両市でいろいろと記念行事が催されています。
 さて、この決闘がおこなわれた日付がはっきりしているのに対し、登場する武蔵・小次郎なる男性は両人とも謎につつまれていて、たしかな生誕地、年齢や素性、経歴も伝説の霧にぼかされています。
 とくに小次郎の年齢が18歳から70歳とかけ離れた推測で、さまざまに語り伝えられてきたのも巌流島七不思議のひとつで、小次郎が悲劇の美剣士になったり、極悪無道の悪漢で、武蔵による仇討ち物語になったりもします。
 幕末、下関に集まった文人墨客のなかに、有名な漢詩人・広瀬旭荘がいます。兄の淡窓は大分にあった日本最大の私塾「咸宜園」を主宰した大学者です。
 旭荘は兄を手伝って咸宜園の教壇にも立ちましたから、長州人の大村益次郎や大楽源太郎も彼の謦咳に接したかもしれません。
 旭荘は『巌流嶼』と題し30行におよぶ五言律詩を詠んでいます。その中に次のような一節があります。現代語に意訳します。
 「昔、巌流という者あり。弱きをいじめ、暴虐をほしいままにす。ひとたび宮本武蔵に遇うや、頭部を割られ、ほとばしる鮮血、淋漓として海峡の潮を染めたり・・・・・・」
 こうなると小次郎が哀れであります。
                                 (古川 薫)

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