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つぶや記 201
周防灘海岸のミモザ館

  三寒四温の日々がつづいています。久しぶりの好天に誘われて妻を同伴、海岸に出てみました。空は晴れわたり、太陽は輝いてるのに、春風ともいえない木枯しめいた冷たい気流が漂う3月初旬の長府海岸です。
  豊浦高校の校舎とグラウンドに挟まれた小道を、海辺の豊功神社にむかって行くと、天慶年間(938~945)に築城された櫛崎城の石垣が這う宮崎町のひっそりとした集落に入ります。大小の石を荒々しく積み上げためずらしい古城の石垣が100メートル近くもつづく史跡はおそらく県内でもここだけでしょう。
  迷路をたどっていると、突然真っ青な海が路地の幅ほどの視野で現れます。ふと目を横に移した民家の塀から満開のミモザが覗いていました。小粒の黄色い花を無数に寄せ集めて房をなすこの花は、ゴールデン・ミモザと呼ばれるにふさわしい華麗な風姿を見せています。アカシアの一種で、日本の植物図鑑には学名のほかに「ギンヨウ(銀葉)アカシア」とあります。今が盛りでイタリアでは3月8日の国際女性の日の花とされているそうです。それにしても南フランスの海岸ならぬ周防灘海岸でミモザ館に出会うとは、まったく思いがけないことでした。
  浜辺は干潮時で、小さな岩礁のあいだを満たす澄み切った海水の小石混じり砂底に午後の陽光が射し込む情景は、平和な今を生きている悦びを味わさせてくれます。
  ここは周防灘の湾尻にあたる場所です。瀬戸内海を下ってきた船が、針路を北にとって長府城下をめざし、満珠干珠島にぶつかる寸前直角に舵をきって関門海峡に進入するのです。明治7年頃編集された「山口県地名明細書」によると、宮崎町の地先の海岸に「前ノ島」「沖ノ島」とあるのが満珠干珠島です。
  御船手・三軒屋が海岸の仕切りですが、どこが境目になるのかは明確ではないようです。御船手というのは長府藩の軍船或は御用船の船溜りだったのでしょう。それにつづく三軒屋は現在櫛崎城公園につながる親水海岸になって、東屋や斜面の野外スタンド、佐藤佐太郎の歌碑などがあります。
  御船手から磯伝いに三軒屋に行けると思って岩場を歩きましたが、海に向かってせり出した巨岩の群れをよじ登らなければならず、あきらめて引き返し、かなり遠回りして三軒屋の磯に出ました。ムダ足を踏んだのではなく、宮崎町の路地を縦断する道々、塀越しに見たのは紅梅、白梅、空き地に咲く三色スミレ、イヌフグリ、ワスレナグサ、その他いろいろ・・・・・・花園散歩の趣きがあります。
  三軒屋海岸の佐藤佐太郎の歌碑は、どっしりしたアフリカ産黒御影石です。佐太郎が関門海峡を詠んだ「ひとかたに流るゝ潮の見ゆるまで中空の月海峡に照る」が深く彫ってありました。側碑は「中島恒雄識」でした。 
                                                                                   (古川 薫)

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